南インド、ケララでかなりveggyなhealthy life

インド人に嫁いだ日本人から、読んだ方が「私もインドに行ってみたい!」って気分になるような情報を発信してきます。

私の結婚&インド行きに影響を与えてくれた大切なお友達へ

2014年8月、私の初めてのインド旅行。

 

その後旦那さんになるアヌーとは、その年、4月の彼のインドへの帰国の際に、別れていた。

理化学研究所での契約就労期間が終わり、再度就職先を探すことになる彼には「インドに来てくれ、僕が守ってあげるから」という言葉は重すぎた。私にとってもインドという国が遠く過ぎて、『カオス』というイメージしかなかった。。

 

8月の夏休みを1ヶ月後に控えた時に、アヌーがよく自分の故郷、ケララ自慢をしていたことを思い出しながら、「そうだ、ケララに行ってみよう〜」という気になった。

 

アヌーからは、『私の約5日間の滞在中2回くらいは一緒に食事できるかなということ』、但し何せ保守的な南インドだから、『2人きりでは会えないこと』は事前に連絡をもらっていた。そこで、ケララにある旅行会社に問い合わせ、私の滞在中のアテンドをお願いすることにした。

その時にアテンドしてくれたのが、その旅行会社で1年間そこで働くことが決定したばかりの日本人、さっちゃん。

 

コーチ空港に着いた日、なつっこい優しい笑顔で出迎えてもらってから、毎日観光地を巡る移動中、ずっと一緒に行動。そしておしゃべりしっぱなし。27歳の彼女とはそこで初めて会ったのに2、3日後には親友のように仲良しになっていた。そして、その明るさとユーモアあふれる話でたくさんのケララの魅力を伝えてもらった。

 

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3日目、アヌーと3人で昼食をした時、さっちゃんが仕事で小1時間席を外した。

その間、アヌーと2人でショッピングモールでお茶をしていると通りがかりのおじさんに、いきなり怒鳴られ、いちゃもんをつけられた。

『未婚の男女が2人、こんなところで何してるんだ!お前の住所はどこだ。親、親戚に言いつけてやるぞ!』

 

それでようやく気付いた。アヌーが言っている”文化の違い”が大げさじゃないっていうことに・・。

 

4日目、移動中の車の中で、さっちゃんに聞いてみた。

「なぜ、インドで働こうと思ったの?なんでアーユルヴェーダに興味を持ったの?」

 

彼女がさらっと答えてた。「私、実は去年乳がんになって、手術したんですよ。」

 

乳がんの手術をした後、抗がん剤治療を始めたのだが、彼女自身いろいろ調べて、家族と相談して、途中でその治療を止め、他の方法で再発を防いでいこうという決断をしたという。

その時出会ったのが、アーユルヴェーダ。

 

「最初はインドで働くつもりはなく、数ヶ月療養目的でケララに来てみたら、心身ともに楽になって、居心地が良くって。その後、たまたまこの旅行会社を見つけ、1年契約で働かせてもらいながら、アーユルヴェーダも勉強してるんですよ〜。」

 

私はすぐにうまく返答する言葉が見つからなく、26歳でがん宣告を受けてから今日に至るまでの話をずっと聞いていた。その時でさえ、ちょっとだけ悲しい顔を見せるだけで、後はさらっと笑顔さえ交えながら話してくれたのを思い出す。

 

「日本の仕事も営業だったけど、業種は違ってもこうやって人と関わりあえることが好きですね〜。しかもインド人は笑顔の出し惜しみをしない!」

「あったら便利なものってたくさんあるけれど、なくてもいいものもたくさんあるってインドに来て気付きました〜。」

 

5日目、いよいよ観光地巡りの間も、会話は恋愛の話をだったり、仕事の愚痴だったり(笑)、撮影スポットもそっちのけになったり。楽しかった〜(*^_^*)

実は仕事が忙しくてインド人の友達が作れないというさっちゃんにアヌーとその友達を紹介したり。

 

最終日、アヌーがホテルまで来て、荷物を運ぶのを手伝いに部屋に来てくれた。部屋のドアを閉めて5分もしないうちに、ホテルの従業員がベルを鳴らす。

『クリーニングはありますか?』(今日チェックアウトなのにあるわけがない!)

その5分後、別のスタッフが、ドアを叩く。そして、開けて部屋の中を覗こうと。

つまり未婚のインド人が、女性の泊まる部屋に入ること自体が(たとえ短い時間でも)いかがわしく、許されない行為なのだ。

 

その部屋で、アヌーが涙を流した。

「インドがこんな国でごめん。僕がインド人でごめん」

 

 

1年後、2015年の4月、契約期間より少し早めに帰国したさっちゃん。

私が帰国してからも、しばらくメールのやり取りは続いていたけど、連絡が途絶えがちになってきた矢先の帰国報告。ちょっと体調がすぐれないらしい。。

 

あの夏のインド旅行の6か月後に、アヌーと結婚を決意したけれど、この決意にさっちゃんの存在が大きかった。

さっちゃんがケララで生き生きしていたから、さっちゃんが楽しそうだったから、さっちゃんのおかげてケララが好きになれた。

う〜ん、ちょっと大変そうな国だけどなんとかなるだろう。って思わせてくれた。

 

 

 

今日はさっちゃんの1回忌。

 

去年告別式に行った時、遺影を見てすぐに分かったこの写真の撮影者がアヌーってことに。私の帰国後に、アヌーの友人グループとさっちゃんのお友達でコーチの海に出かけたって。

お兄さんが教えてくれた。『妹がこれが2014年のベストショットって言ってたんです』

 

亡くなる1ヶ月前のFBへの最後の投稿の一部。

 

 

・・・・26歳の私にはこの宣告はマイケルジョーダンでした。

・・・

中略

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幸せなことを幸せと叫ぶこと

大好きなことを大好きという事

これが私にもやっとできるようになりました。

今を大切に生きましょ〜ね〜。

今は毎日食べる梨が美味しすぎますじゅーしー♡笑 コンビニとか言ってないので美味し新商品あったら教えてください(≧∇≦)

 

今、私もアヌーも、さっちゃんのこと思い出してるよ。ケララは、今日も日差しが眩しいけれど、バナナとココナッツの木が風に揺れて、心地の良い音を鳴らしてくれています。

 

追記:(11月10日)

さっちゃんのお兄さんに連絡したら、彼女の2014年のベストショット写真を載せてもいいとご承諾をいただきました。「咲地も喜ぶと思います」と。

 

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