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南インド、ケララでかなりveggyなhealthy life

インド人に嫁いだ日本人から、読んだ方が「私もインドに行ってみたい!」って気分になるような情報を発信してきます。

ケララにある知的障がい者施設に行ってきた。

先々週末、ご縁があって、ここトリバンドラムからバスに乗って2時間程したところにある、知的障がい者施設、SEIREI ASHA BHAVANにお邪魔してきました。

 

このご縁というのは、2ヶ月前に福祉介護を専門とされている日本人の大学教授お二人がケララの養護施設、障がい者施設、老人ホームなどを訪問されるということで、トリバンドラムにいらっしゃり、その時に打ち合わせの時だけ通訳のお手伝いをさせてもらったのがきっかけです。

 

その際にこの日本人の女性お二人の、『日本の高い介護技術やシステムをインドのここケララで働くスタッフさん達に教えて手助けをしたい』という想いに打たれ、今後も可能な限り間接的ながらでもお手伝いさせていただきたいと思ったのです。

その時の打ち合わせのお相手、そして今回お邪魔させて頂いた、SEIREI ASHA BHAVANの創設者で取締役のエイブラハムさんのお話もまた、貴重なお話でした。

 

このエイブラハムさんは、日本人の福祉実業家で教育者、その後政治家になる長谷川保氏の影響を大きく受けて、この知的障がい者施設を始めようと決意したそうです。

(私は初めて聞くお名前でした。)

この長谷川保氏は、日本で初めて特別養護老人ホーム、ホスピスを作った人物として知られている方です。1930年、一人の結核患者のための病舎を立てたことから始まり、その後、たくさんの困難と立ち向かいながら、多くの患者を救うことに尽力されたそうです。ある時、経営が立ち行かなくなり、閉鎖に追い込まれその決意した翌日に、昭和天皇から時別御下賜金を与えられ、経営危機を脱します。

 

長谷川保 - Wikipedia

 

エイブラハムさんは、30年前に日本の聖隷グループの施設で勉強をする機会を得て、来日し長谷川さんと出会い、日本の施設や日本の技術、日本人の心に感動し、インドでも同じような施設を作りたいと思うようになりました。

 

そして、やはりエイブラハムさんも長い間、資金面で色々な苦労があったそうですが、日本の聖隷グループからの寄付金、地域の援助、そして4年前からはケララ州からの支援金ももらえるようになり、ようやく経営が落ち着いてきて今に至るとおっしゃっていました。

 

今では、約20名〜30名ほどの入居者と13名のスタッフをお世話しているそうです。

 

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 敷地内にある、エイブラハムさん宅でランチをご馳走になりました。

 

今までに2回ほどご夫婦で日本に旅行で訪れたこともあると言う、日本を愛してくれているお二人です。

 

こうして、インドで日本や日本人に影響されているインド人に出会える度に、改めて日本を見直すことが出来るのは貴重ですね。ただ、とかくすると日本を美化しすぎたり、自分事として誇らしく思ってしまったりしてはいけないなと。そこのフィルターは、ちゃんと持つように心がけないといけないなと、思っています。

 

話は変わってモディショックのその後・・・・・

明日からお釣りが用意できない小売店、全く客が来ない売り上げが立たないお店は閉まるっていう話(1日一人4000ルピーしか銀行で両替できないから、高額品は全く売れないのです。)

スーパーも閉まるかもしれないから、今日のうちに買っておいた方がいいよって。

 

マジかよ( ;´Д`)

 

まぁ、お米とお野菜は週末買ったし、高額品は買う予定が全くないから、大丈夫か。

っていうか、いつまでお店が閉まるんだろう?そこは誰に聞いても分からない。

それが、重要な気がするんだけど。